タリバン

アフメドさんに初めて会ったのは17年前だったと思う。

その当時、学生だった私は、留年して暇だった事と、半分は好奇心から、
学務課から頼まれた、チューター(留学生の世話係)を引き受けていた。

彼とは、私の担当の李(イ)さんを介して、知り合った。
私と李さんとアフメドさんの3人は、特に気が合って、時には飲みに行く
なんて事もあった。(イスラム教徒である彼は、酒は飲まないし豚バラは食
べないという徹底振りだったが。)

その後、連絡が取れなくなったアフメドさんとはあっていない。
今となっては、彼は話しぶりから、
「実はパシュトゥーン族だったのではないか?」
「その後あのタリバンになったのではないか?」
と思うことがある。実際のことは確かめようもがない。
彼はタリバンとして、あの戦争を生きたのだろうか?
そうかもしれないし、違うかもしれない。
せめて、昔の飲み仲間としては元気でいてほしいと強く思う。
                ●

彼が話してくれた母国パキスタンでの、カイバル峠の向こうの話や
パシュトゥーン族の話は強烈だった。(つまりは当時アフガニスタンで何が起
こっているのかを話してくれた。)

・パシュトゥーンの男達は、屈強でたくましく独特の存在感がある事。
(あぐらをかいて、背筋をきちんと伸ばして話す、彼の姿も存在感があった。)
・ソ連軍が何をやったか。そして、人々がどうやって立ち向かったか。
・カイバル峠の崖っぷちを走るトラックの商人達について。

「ライフルを持ったムジャヘディンは、それだけで本当に強いんです。」
「相手が対戦車砲を持っていたら、ミサイルを持っていたらどうするんです。」
彼は笑いながら、自分の頭を指差すジェスチュアーで言った。
「やり方があるんです。たとえ相手が飛行機でも、それなりの方法があるの
です。つまりは、賢い方が生き残る。それだけのことです。」

私は、「甘いのかもしれないが」と前置きしながら、人の生命を途中でプツンと
断ち切る行為にやりきれないものを感じると言った。
「こうやって話しているあなたでも、戦場では迷っていられないのです。そして
それが戦争なのです。」


*****この話は、全てフィクションです。*****

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