亡命

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亡命

部屋に入るなり、内気だった少女は僕に言う
「希望への橋渡しを、しなければならないの」
押さえ込まれてきた知性と情熱が開花する瞬間だ
彼女は同様の境遇の人々に結束を呼びかける

北方から国境線が、嵐のように迫り来る
僕は現実から逃避し続けているのかもしれない
僕は失敗して、失敗して、また失敗した。
だからこそ、やり遂げなくてはならないのだ

内面に焦点を合わせよう。そして外に出かけよう。
「私は自由だ!完全なる自由だ!」
亡命者は君を誘っている

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権力、支配、領土、宗教などの外的な力が
多くの人々を内面に押し込め抑圧してきた
しかし皮肉にも解放軍は私達の内部に潜んでいる
変るべきは「他人」ではなく「自分自身」だった

国境の街、凄まじく心に迫ってくる太陽
彼女と僕は、もう会えない人の事を考えていた
歌は、静寂へと、穏やかなる場所へ帰って行く
その時、もう僕たちに国籍の違いは関係なかった

内面に焦点を合わせよう。そして外に出かけよう。
「私は自由だ!完全なる自由だ!」
亡命者は君を誘っている

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この記事へのコメント

2012年07月10日 22:01
>内面に焦点を合わせよう。そして外に出かけよう。
 確かに。内面を大事にできる人らだけが亡命するのでしょう。
 でも、亡命には、逃げるのではなく、旅へ出るという思いがあってほしい、そういうことでしょうか。私なりには、そう読めます。
2012年07月13日 03:19
獅子鮟鱇様、再びのコメントありがとうございます。
大変嬉しく思います。
この詩は、実際に(旧ソ連からの)亡命者で漂白のピアニストと呼ばれるヴァレリー・アファナシェフの事を考えながら書きました。
亡命は、本人の意思とは関係なく、信条の自由や時には生命そのものが危険にさらされる為に、脱出を余儀なくさせられる環境的要因もあるようにおもいました。
仰るように、「亡命」を逃走ではなく、「旅に出る思い」という捉え直しの意味合いも含ませたつもりです。そして、一つの価値観に妄執するのではなく、多様な価値観を横断的に体験する事で、現実を突破できる可能性を、懼れながら考えました。
いずれにしろ、時代が袋小路に入ったかのような論調を多く目にしますが、ブレークスルー(突破する力)を提示したいと云う想いがあります。この事は、僕の今後のテーマであるかとも感じてます。

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