「英雄を待ち望んではいけない」

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「英雄を待ち望んではいけない」



1989年4月僕は「6月の花嫁」という詩を書いた。
当時、北京・天安門広場には自由化を要求する市民が集い
革命前夜のような華やかさと自由の空気が立込めていた。
僕は彼らにエールを贈り同時代を生きる喜びを共有したいと思った。

しかし、同年6月4日中国政府は市民へ凄惨な武力弾圧を開始した。
政治の季節は終わり、運動家達は地下奥深くへと潜伏する事になる。
僕は、憤りと鎮魂の気持ちを込めて「6月の花嫁」を歌い、歌い続けるが
僕の声は届く訳も無く、矯正ベルトで締め上げられ、無力感ばかりが残った。

同じ頃、バブル経済の終焉を迎え未来に希望を見いだせない多くの人が
不幸を「社会のせい」「時代のせい」と思いたがったが、相手にされる訳も無く
そうやって現実と折り合いを付け、それぞれの居場所に潜り込んでいく。
密かに願う事は、世の中の不合理を一気に解決する偉大なる人の出現。

(だとしても)英雄を待ち望んではいけない。
それは、自分の人生を誰かに明け渡す事。
(だからこそ)英雄なんかに期待してはいけない。
つまり、自分で考え行動しなければ何も解決しない。


確かに「政治の季節」は終わり、大きな声を上げても社会が変わらない事を知った。
しかし、それでも個人の力は無力ではない。
例えば、パンを焼いたり、家を建てたり、子供に愛情をかけて育てたり
些細に見えるが、問題の最も根本に関わっていく事が出来る。

「こうあって欲しい」「こうあるべきだ」と云う主張は出てくる。
しかしそれよりも、その為にはどうすべきだと云う具体的な議論が必要だ。
罵り合いでなく、現状維持のための見せかけの協調でもなく
解決策を導きだす為の議論が必要だ。ここから逃げては何も解決できない。


(しつこく言うが)英雄を待ち望んではいけない。
それは、自分の人生を誰かに明け渡す事。
(だからこそ)英雄なんかに期待してはいけない。
つまり、自分で考え行動しなければ何も解決しない。

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