ワルモノ先生(2) 生き延びる

フィリピン、ミンダナオ島

膨張と収縮を繰り返すアメーバー状のアメリカ軍は、
周囲に伸ばしていた触手をおさめ集結しながら、
明日にも発動する総攻撃のため体制を整えていた。
追い詰められ、万策尽きた日本軍は、
夜間いわゆる「バンザイ突撃」を断行すると決めた。

ダバオに配属されていたハギワラは、軍靴を拭きあげ、銃の手入れをしながら
理不尽で無意味な死への準備をしていた。
「ハギワラ家は南朝方につき、死に場所を間違い敗走した。
おかげで、のちの今でもいい笑い者だ。だからおまえは死に場所を見失うな。」
幼少の頃から父親に、ずいぶんと言い聞かされた。

軍曹がハギワラに声をかける。
「おい、突撃の前に脱走した少尉を探しに行くぞ。あのくそ野郎、敵に我々の動きを教えているらしい。見つけ次第射殺してかまわんとのことだ。」
ハギワラは、戦争が始まって終始一貫した理不尽さへの
怒りを静かに押し殺した。



ジャングルは高い木が、所々でカリフラワー状の頭を突出していて、
それより低いブナやクスノキが、間をうめつくすように密生していた。
軍曹ともう一人の兵士は、ハギワラの後ろからついてきた。
露骨にゲリラからの襲撃をおびえているのだ。
「今夜の突撃ではしっかり働きたい。その前の犬死にだけはごめんだ。」と軍曹がいう。
遅かれ早かれ待ち受けている死を前に、ハギワラは滑稽な言い訳だと思った。
日は高いがすでに夕暮れ時を迎えていた。

以前ハギワラは少尉に助けられたことがある。
軍曹からの、身に覚えのない言いがかりと制裁を受けていた時、
少尉が静かに部屋に入ってきたのだ。
若い彼は彫刻よりも美しく、神よりも威厳のある風格で、
部屋の空気を激変させた。
軍曹は苦々しくもハギワラを解放した。
少尉から特に言葉もなく理由も説明されずじまいであったが
ハギワラは納得できるような気がした。

突然、至近から発砲音がした。
続けざまのもう一発でハギワラは右脇腹に被弾した。
とっさに伏せて応戦した。
銃撃は敵からとばかり思っていた。しかし相手は軍曹だった。
後ろからついてきていたものと思っていたが左側に回り込んでいたのだ。
手榴弾が投げ込まれた。躊躇せずにありったけの力で飛びのいた。
熱風と激しい痛みを感じた。
少尉は脱走したのではなく、軍曹の裏切りにあったことを直感した。
出血していたが、こんなやつに打たれた弾では絶対に死にたくないと思った。
落ち着いて煙の向こうに狙いを定めて、銃を構えた。

走りこむ気配を感じた。全く別方向からの銃声だ。
今度は本物の敵のようだ。灌木に身を隠し様子をうかがった。
二人の米兵がすぐそばを走り抜け軍曹にとどめをさした。
同行していたもう一人の兵士も軍曹に撃たれていた様子だが、
けがの程度は軽く、米兵に銃を突き付けられ連行されていく。

しばらく動かずにいたが、ハギワラは,この戦争が始まって以来、
初めて強く生き延びたいと思った。
隊にはもう戻らない。そう決めるとジャングルの奥を目指した。
それが少尉の築いた王国への入り口とは知らずに。



**********************************この話はフィクションです**************

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