blog ; 本物の詩人になりたい!

アクセスカウンタ

zoom RSS 僕達は、この撤退戦をどう生き延びるか 1僕たちの不幸を分析する(前編)<抑圧の強化をもたらす三つの要

<<   作成日時 : 2014/12/07 07:14   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

画像

1;僕達の不幸を分析する
居場所を追われる物語。
そして、居場所を失ったものが、別の場所で、また別のものを追い出すでしょう。
彼は言いました。「どんな場所でも、人は見下す相手を必要とするもんだ。そしてあんな奴らに見下されるのはまっぴらご免だ。」
僕はジンをあおりながら、この憂鬱な気分を書いています。

前編 <抑圧の強化をもたらす三つの要因>
急転直下、空から真っ逆さま。いがみあい、憎しみあい 、罵り合い。
まるで、僕達は「誰か」に踊らされているかの様です。そして多分・・・実際その通りなんでしょう。

1)「〜すべきである」が目指すもの。
この社会には、自由な行動を規制する為の「〜すべきであると」と言う考え方があります。憲法や法律のような類いから、常識やモラルや世間の空気にいたるまで。これらの中に、概念として守るべき事があるのは否定しません。
ただ、気をつけなければいけないのは、あまりにも簡単に、疑いも無く「自由」を手放してはいけない、少なくとも用心深くなる必要があります。往々にしてそこには、誘導的な悪意が見え隠れするのですから。
ある種、しょうもない(低劣な)犯罪があることは承知してます。 しかし、犯罪に対する厳罰化が声高に叫ばれる度に、本当にそれが具体的にその事例の対策になっているのかを疑います。多くの場合、良識派や良心と呼ばれるものを、この際とばかりに排除する口実に使われている様に感じてならないのです。その施策によって「権力に対する犯罪」は撲滅出来るやもしれません。しかし、その他多くの関係ない無垢の人まで巻き込む事を忘れてはなりません。それでも犯罪の撲滅の為には仕方ない「必要悪」と思うかもしれません。これはしかし同時に、社会に漂う多くの信頼関係が破壊されていく事になるでしょう。
「Aは犯罪者である」そして「Aは〇〇人である」というとき、「〇〇人は犯罪者である」という命題は、数学的に成り立つでしょうか???少し考えるとわかる事ですが、これは証明としてはなりたちません。にもかかわらず「犯罪者民族〇〇人は排除すべきである」という論理が、往々にして振りかざされるのです。こう言った考え方こそ、僕達の自由で民主的で平等な社会を根底から揺るがす、重大な犯罪行為ではないのでしょうか?
極端な例を挙げましたが「〜すべきである」と聞く度に、「民主主義の否定と排除」が企てられているのではないかと疑念を抱かされる・・・昨今、そう思わせる材料には事欠きません。

2)差別、差別、差別。 不幸の固定化と、その仕組み。
断言出来ます。差別は「悪」です。すべての差別は、即時に撤廃すべきでしょう。
しかし、差別は、いつも巧妙にも名を変え「正義」を語ります。そしてみせかけの「正義」はいつも心地よく、僕達を酔わせてくれます。それは天国よりも、極楽よりも気持ち良く。
しかし、人は年老いるとき、あるいは敗北するときになってやっと差別がいかに、無慈悲で、酷たらしく、見るに耐えない行為であるかを知るでしょう。
あなたは、誉れ高き名門の生まれかもしれない、あるいは口に出すのもはばかれる下賤の生まれかもしれない。しかしそれは、あなたの能力や意志とはまったく関係のない話です。結局、差別はあなたの居場所と不幸を固定化する為の装置です。
「正義に酔いしれたい」「自分だけは助かりたい」「懲らしめたい」と言った要因が複雑に絡み合うとき、差別が発生します。統治者にとっては都合の良い事ですが、僕達にとってこれはまぎれも無い抑圧の強化であります。まさに不幸です。

3)物語の乱発
冷静な判断と論理的な思考の下では、デタラメな根拠の「〜すべきである」も、差別も、 成立し得ないでしょう。そこで僕達の論理や判断を、狂わせ、無理矢理ねじ伏せる為に行われる事。それは感情に訴える事・・・物語を製造乱発する事でしょう。
物語の力は強力です。特に集団化と自民族の優位の物語は、僕達の自尊心をくすぐられ抗う事は相当に難しいでしょう。
脳の中の爬虫類の部位がもたらす、愚劣であっても根源的な自己保存欲求。そこから物語を希求する感情は来ている様に思うのです。これを否定する事は、言葉にするほど簡単ではありません。従来型のファシズム批判が、陳腐で古くさく聞こえるのも、全く有効な手立てに成っていないのも、爬虫類の脳との戦いと考えるとわかりやすいかもしれません。
僕達は、根本的に戦略の立て直しを迫られています。

強度ある思考
物語はどんなに魅力的であっても、現実とは相容れません。必ず齟齬をきたします。現実の荒海を乗り越える強度を、物語は持っていません。だからこそ、僕達は自分自身を鍛え上げ、より強靭な「強度ある思考」を練り上げなければならないと思います。そこに活路であり突破口がある様に思うのです。

後編<グローバリズムの功績と罪過>につづく

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
僕達は、この撤退戦をどう生き延びるか 1僕たちの不幸を分析する(前編)<抑圧の強化をもたらす三つの要 blog ; 本物の詩人になりたい!/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる