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zoom RSS 物語の危険性を考える2 描写をすること

<<   作成日時 : 2013/12/07 11:28   >>

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“米機は終日頭上にあったが、米軍は直ちに追求しては来なかった。
「奴らは怠け者だからこんなとこまでやって来やしないさ。
そっちが来なけりゃこっちだって行かないや。そのうち戦争も終わるだろう」
と我々の当分の宿舎となるべき小屋掛け作業をしながら或る下士官が言ったが
これは我々の希望のかなり端的な表現であった。”
「俘虜記」大岡昇平(新潮文庫)

特定秘密保護法案が、昨日深夜に成立しました。
生き難い世の中が、始まるのを感じます。

●価値観の相剋
彼等が掲げる“国家観”なる認識、価値観の物語の前には、
僕らの想い”個人が主体的に社会を良くする”はいかにも脆弱で、不利な戦いを強いられそうです。
そもそも、戦わなければならないのでしょうか?
戦いは、敵か見方しか存在しない価値観の二者択一を迫られ、
却って、本来解決すべき本題から逸脱するばかりに思えます。
問題は「個人」と「国家」と言う二つの物語に収束すべきなのでしょうか?
そんなはずがありません。

●個人vs国家
「個人」は、「欲望の達成」の為にはあくまで自分の事しか考えないから、「欲望の抑制装置としての国家」が必要という考え方。
欲望の抑制に関しては反論しません。しかし、それを「国家」が全面的に担うのには疑義を挿(はさ)みます。
そもそも、「絶対正解」を知るものはいないというのが現代の共通認識です。
国家がいかに強大であったとしても、例外ではありません。
国家にすべてを任せ委ねる事は、国家にとっても個人にとっても不幸な事です。
いざとなったら、国家がなんとかしてくれるのは買いかぶりであるばかりか危険でさえあります。
本当に大事な事は人任せにすべきではない事は、フクシマからの教訓です。
誰にとってもかけがえの無いそれぞれの人生を、誰かに明け渡すべきではないのです。
その為には、様々なリスクも引き受けなければならないでしょう。
必要悪としての国家を否定はしません。しかし、国家に全面委任状を渡すべきではないのです。

●全面委任状
僕達が、全面委任状を渡しているのは国家ばかりでもない様に思います。
この事は「誰かに任せる事で得られる安心感」が前提となってる様に思います。
それは無意識下に「全能者」を想定している様でもあります。
もし全能者がいるなら、全面委任状を渡すのも(心情としては)理解出来ます。
古来は、神が全能者でありましたが、現代においてこのポストは「神の不在」により空席となってます。
諸悪を国家の所為(せい)にするのは簡単ですが、全面委任状を渡す側の心性にも問題がありそうです。
本来、任せるべきではないものを任せておいて、問題の発覚時に泣きわめいてもどうにもならないのです。

●誰かが知っているはず
ITが僕達にもたらしたものは、ある種の全能感でもあります。
オンラインである事は、まさしく文字通り線の上で(=on line)繋がっている様な感覚器官の拡大をもたらしました。
これが擬似的である事は誰もが知る事だと思います。
しかし、この錯覚に身を委ねる事は、本当に心地よいのも現実の側面です。
「私が知らなくても、誰かが知ってるはず」
しかし、そんな事は有り得ません。完璧なる全能者は存在しないのです。
それでも、僕達はカオスの闇を生きねばならないのです。
僕達が手にしたのは「ヒント」であって「最終解答」では無い事を肝に銘じるべきでしょう。

●描写をする事
全てをというのは無理としても、大事な事を人任せにしない為には
物事を人ごととして捉えない、さらに言うなら自分の事として捉え直す事が、大きな手だてになり得ます。
唐突に聞こえるかもしれませんが、詩を書くものの経験としていうなら・・・
「描写をすること」が「自分事への捉え直し」には効果絶大です。
何故ならば、事物の様相が自分の中に入ってこないままに描写する事は
不可能とまでは言わずとも、とても困難だからです。
逆に言うと、文章が良くないのはテクニックの問題ではなく、自分の事として捉えきれてない場合が多い様に思います。

冒頭で引用した大岡昇平氏の「俘虜記」は、その乾いた描写によって、
戦場における兵士の心情が、世間一般に想像される戯画的なそれとは異なり、
決して一面的ではない事を教えてくれます。
まだ未読の方は、一度読んでみられる事を勧めます。
描写の力を実感することを保証します。


“私はおもむろに第二の計画を思い廻らした。今私が歩けない状態にあるのは肯(うべな)わないわけには行かない。
しかし、数時間前に私は一旦歩けたのであるから、この状態はまず一時的と考えて差支(さしつかえ)あるまい。
とはいえ今の倒れ方から推せば、恢復には少なくとも夜明けまではかかると思わねばならぬ。
世が明けた以上、米軍の間を潜ってこの谷を下る事は諦めねばならぬ。
私は今いる地点の外方に水のありかを求めねばならぬ。
ー途中省略ー
夜明けと共に出発することが出来れば、私は遅くとも昼までには、その川には行き着くことが出来るかもしれない。
今まで渇きに堪えた時間に比べて、それはさして長い時間とは思われなかった。
私の希望は全て夜明けまでに、再び歩ける状態に戻るということに懸かっていた。
そのために今私の第一になすべきことが、眠ることであるのは明白である。”
「俘虜記」大岡昇平(新潮文庫)

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